あなたと私の明日

お題キーワード:「愛した人にサヨナラを、愛した街にお別れを」「神様が泣いている」「女の子」

  和樹はいつもと同じ時間の同じ曜日に欠かさず来てくれる。今の季節だとオレンジ色と群青色が混じり合う頃に。

「今日はどうだ?」
「うん、いつも通りだよ」
「それは良かった」

  和樹は、私のベットの脇の備え付けの棚に置いてある、見舞いの品を見て目を細めた。激励のメッセージが書いてある色紙、千羽鶴、私が好きなお菓子とそうじゃないもの、結構お高い果物。いろんなものが置いてある。
  でも、それもあと少しでここから無くなってしまうのだけれど。

「いよいよ、明日か」
「うん、そうだね」

  そうは言っても、私にはまだ実感がなかった。それは私に意識が足りないせいかもしれないし、この病室に慣れ過ぎたせいかもしれない。
  病室自体が変わることはよく合ったけれど、この病院から出ることは殆どなかったから。あんなに手術についての話を主治医の先生からもちゃんと訊いたのに、変な話だと首を捻っても、それは変わらない。

「緊張するよな?」
「うん、まぁそうかな」

  私の心を見透かしたかのように、和樹はそう尋ねてきた。

「なんだその適当な返事は」

  和樹は笑った。

「いや、なんていうかそんなに実感がないんだよね、離れるのも信じられなくて。手術自体は勿論怖いんだけど、未だに本当にやるのか分からないっていうか」
「まぁでもそんなもんじゃないか?」

  和樹は首を掻きながら言った。

「そうかな?」
「あぁだって、あんなに小さくて可愛い女の子だったお前が、こんな風になるとは昔は思わなかったもんな」
「なにそれ!」

  それから二人でくだらない話で笑いあった後、この病室がしんと静まった。その静寂が何となく怖く感じた。これを私はよく知ってる。隣のベッドで笑っていた結衣ちゃんが居なくなった時も、別の病棟で知り合ったおばあちゃんの時も、他の沢山の人たちが居なくなった時も。

そう、これは予感だった。愛した人たちにサヨナラをした時と、一緒だって。

「なぁ優希」
「……なに?」

  でも、私は聞かなきゃいけない。だって、次があるか分からないから。

「俺さ、前言ってたやつ決まったんだ」
「……前?」

  色々話したことが頭を過ぎる。何かあったっけ?  でも、予感より悪くなさそうだ。だったら、私が頑張るだけだ。

「お前さー俺が大事な話するって時に全く!」
「ごめんごめん、もしかして企画通ったの?」
「そうだよ!  ……それで起案者の俺が海外の会社でそのノウハウを学ぶことになってな」

「そっか、よかったじゃん」
「えっ、それだけか」
「だってー和樹が頑張ってきたこと認められたんでしょ?  よく私に愚痴ってたじゃん、あーこんな事になるならいわなきゃよかったって。……別に今は色々便利なんだから心配いらないって」

私が肩をすくめながらそう言うと、和樹はため息をついた。

「ま、そうだけどさ」
「もー人が手術って時にそんな顔しないでよね!」
「わりぃ」
「ま、いいけど。本当変なフラグ立てたんだから、ちゃんと頑張ってきてよね!  これで私が死んで、和樹が成功したら映画の題材になるんじゃない?  タイトルは神様が泣いた日とかどう?」
「お前な!  自分のことだろ!  変なこと言うなって」
「ま、大丈夫でしょ!  気にしても仕方ないって、というより大声出さないでよね、病院なんだから、というかそろそろ帰ったら?  もういい時間だし」
「あぁ……そうだな」

  和樹はびっくりしたようにそう言って、備え付きの椅子から腰を上げた。この椅子を見るときは来るんだろうか。私は和樹に気づかれないようにそう思った。和樹が扉に手を掛けて、こっちを見た。今までそんなことする事なんて殆どないのに。なんか嫌だな。

「お前は変わらないな」
「何も変わらないよ、私もえらーい先生の所で頑張ってくるからさ、和樹もね?」
「おう……じゃあな」
「うん、じゃね」

  私は和樹が締めた扉を暫し眺めた後、窓の外を見た。オレンジと群青色だった空は黒くなっていた。私は明日、愛した街にお別れをすることになるんだろうか。


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