第一部  楽しむ少女たち01


  労働者階級の中には、幼いころから働いている子が居ることは知ってはいた。
  しかし自分の家の使用人と、他家に使える使用人とでは印象が変わる。寝食を共にする相手となれば尚更だ。
  夫妻には一応、マリーが家族の事を考えてしまうらしいとは言った。その時、夫妻の表情が強張ったのが気になる。
  すぐに表情は元に戻ったものの、やはりマリーに、何か事情があると察することができた。

  妙な勘や、憶測が当たるのは止めてほしい。シャロンは急に現れた不気味な本と、自称悪魔で探偵のレスチャーから貰った本を抱え、レスチャーの探偵事務所に向かっている最中である。
  今日は乗合馬車に乗る気にはなれず、徒歩での移動だ。昼間の大通りを通れば、物取りに遭うこともないだろうと思い、ゆっくりと歩を進めている。

  そろそろ探偵事務所に近づいただろうか?

  シャロンが立ち止まり、名刺を確認する。するとシャロンの右側を一陣の風が吹き抜け、まん前から何かが向かってくるのが分かった。
  シャロンは慌てて身を逸らし、何かからぶつかるのを防ぐ。

  向かってきたのは、可愛らしい少女達だ。7才くらいだろうか?  よくよく観察してみると、シャロンは背筋に悪寒が走るのを感じた。
  なぜなら、少女二人の格好は、今まで見たことがない奇抜な格好だったからだ。二人とも頭には布をぐるぐると、巻き付けている。
  そして上着の下には、襟も袖もない物を着ている。シャロンは、普段から身につけている補正下着(コルセットに形が似ていると感じた。二人の一番の違いを挙げるとしたらやはり、髪型だろう。

  腰まであるサラサラとした黒髪の子と、もう一人の子は男性のような短髪で髪色は茶色だ。黒髪の子は麻のような軽そうな生成の羽織と、下にはだぼだぼしているとしかいえない、足首まですっぽり覆うズボンを履いている。
  短髪の子は見たことがない素材のコートだ。それは何故か時折光を反射している。

  短髪の彼女を女の子だと思ったのは、スカートを穿いていたからだ。しかし、そのスカートの裾は斜めに寸断されている。そこから見える足はカラフルなタイツに覆われていた。
  そして少女達の手にはそれぞれ、ヨーヨーとボールが握られていた。

  あのときの再現のような状況に、シャロンは嫌な予感しか感じられなかった。

「たーげっとろっくおん!  ただ今から作戦Aを開始するっ!」
「ははっ、直ちに索敵準備に取り掛かりま〜す」
「ね、ね、所で作戦Aってなに?」
「しらなーい」
「だよねー」
「じゃ、おねーちゃん倒されてね?」


  少女達は天使の微笑を浮かべると、シャロンにヨーヨーとボールを投げつけてきた。シャロンは慌てて走る。

  最近は小さい子どもが襲いかかることが、流行っているのだろうか。確かに子どもなら、油断は誘えるかもしれない。
  奇抜な格好なため、殆ど意味をなしていないが。

「おねーちゃーん、もっと早く走ってよー」
  シャロンは出来る限りの速さで走っていると言うのに、少女達はすぐに追いついてきた。
「そーだよー面白くないじゃん」

  今シャロンは、二人に右と左で挟まれている。どうして彼女達は息も切らさず、悠々と話しながら走れるのだろうか?
  やはり……

「おねーちゃん、おじょーさまだっけ? やっぱりおじょーさまには走るの無理じゃない?」
「この世界のおじょーさまだもんね、これでも頑張ってるのかな?」
「ねぇーねぇ、どうなの?  これで全力〜?」
「えーこれで全力はないよぅ、ぴちゃぴちゃたちが子どもだから手加減してるんでしょ? そうでしょ?」
「そっかそっか、もっと早く走ってよー」
「走ってよー」

  あまり体力がないシャロンだが、今日は本を二冊持ってきているため、普段以上に走るのがきつかった。
  しかし少女達の言葉から、シャロンの直感が確信に変わる。きっと鍵を求めて、シャロンを襲っているのだろう。
  少女達は、この世界のお嬢様と言った。きっと少女達は違う世界の住人なんだろう。シャロンは走ることで精一杯になりながらも、そう予想した。

「うーんなんか面白くないねー」
「ねー」
「じゃあ、あれしよっかー」
「あーあれ? 面白そう!」
「「やろやろー」」

  その声とともに、隣を走っていた少女達は忽然と姿を消した。しかし、安心はできない。
  シャロンは、なんとか足を走らせ続ける。

  その時、面前に何か光る物が落ちてきた。光の玉のようなものだ。先ほど少女が持っていたボールと、殆ど同じ大きさの玉だった。
  それは地面とぶつかった瞬間、道に穴を開けていた。シャロンがもう少し左を走っていたら、この道のようになっていただろう。
  シャロンは立ち止まり、その光の玉が放たれた場所を探す。

  落ちてきたのだから上?  上を見上げ、左右を見渡す。
  少女達は、ヨーヨーとボール片手に木の上に居た。木の上であり得ないほどの高さをぴょんぴょん跳び、手にあるもので思いのままに遊んでいる。

  やはり、人間じゃなさそうだ。

「あー外れちゃったー」
「あっ、でも殺しちゃいけないんだっけ? 生け捕りとか言ってたよね?」
「言ってたっけ?」
「言ってたよー」
「うーんじゃあ、こうする?  えいっ」

  黒髪の少女が、ヨーヨーの紐の端を左手に、右手では紐を玉から短く持ち、ぐるぐると回しながら構える。
  するとヨーヨーの紐の部分が光り、ヨーヨーがシャロンに向かってきた。玉の部分はいつまでも、少女の手元に戻ることはない。

  このままでは確実に当たってしまう。

  しかし、足が思うように動かない。
  疲労感のせいもあるが、それだけではない。思いがけないことが起こり続け、驚きのあまり体がついていかないのだ。
  世界と自分とが遠く、とてつもない隔たりが出来たかのように感じる。このままじゃ当たってしまう……漠然とそんな考えが浮かぶ。けれどもう、シャロンの運動神経では避けるのは無理だろう。

  その時、シャロンの体が何かに押し飛ばされた。
いきなり現実に引き戻されたシャロンは、辺りを見渡し、押し飛ばしたものを探す。

「お前ら、一体何してんだ?」

  その声が聞こえたのと同時に、シャロンの目線がまるで引き寄せられるかのように、止まる。

  そこには、あのシャロンを殺すと言ってきた、黒ずくめの青年が居た。





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